競輪選手デビュー当時のお話The story of my debut as a new professional keirin racer
競輪学校では学科はトップでしたが、肝心の実技では200人中114位と平凡でした。 個人競技で全国制覇を果たした高校3年の頃は、朝から1人で150キロ、放課後は学校の自転車部仲間と数十キロを競技用自転車で走る毎日でしたが、競輪学校のトラックでのショートスプリントが中心の練習が、私に合っていなかったのだと思います。 競輪学校を卒業し郷里へ戻ると、すぐさま私はトレーニング法を以前に戻し、毎日1人で三田市から天橋立までを往復するルート250kmを走りました。 250kmといっても、完走できるようにペースを保って走るのではありません。 道路の起伏や山の坂道を利用して、いろいろな要素を強化できるよう考えながら走るのです。 電柱やガードレール、舗装の切れ目などを目印にして走っていたので、今でもその時走った道路の様子を覚えています。 練習不足に陥った競輪学校では10kgも太ってしまいましたが、この練習を始めてから体重はすぐに元に戻りました。 そして、1ヵ月半後に迎えた地元甲子園競輪場でのデビュー戦では、幸いなことに優勝することができました。 デビュー数か月後には






